前回の記事では、はるちゃんが生まれるまでのことを書きました。
今回は、はるちゃんが生まれた日のことを、今でも忘れられない記憶として残しておきたいと思います。
文章がまとまってないかもしれませんが、ご覧ください。
はるちゃんが生まれたのは、2026年4月。
予定日より6日ほど遅れていました。
その日は雨の日でした。
3日間、陣痛が来たり、来なかったり。
そして、当日陣痛に耐えれなくなり産院に入院をしました。
9時に産院に入院をし、陣痛が10分〜15分間隔に来ていました。
陣痛が10分を切ったあたりに先生から促進剤の話がありお願いをしました。
促進剤を使って、普通分娩での出産になりました。
16時30分ごろに先生の内診で全破水をしそのままはるちゃんの頭が骨盤にはまるのを待っていました。
頭が少し出てきた頃、歩いて分娩台に移動し、そこから陣痛の波に合わせていきみました。
頭が出てきたと言われ、陣痛の間に頭を撫でることができました。
「いよいよ出てくるよ」「肩を抱えて」と助産師さんに言われはるちゃんの肩を持っていきむと生まれて来てくれました。
17時59分はるちゃんが産まれて来てくれました。産まれてきてすぐカンガルー抱っこができました。
しかし、産まれてきたはるちゃんは身体が紫色で息をしていませんでした。
パパが臍の緒を切ってくれる予定でしたが、先生がすぐに臍の緒を切ってくれ、そのまま分娩台の横にあるベッドに連れて行ってくれ、蘇生が始まりました。
何が起きたのか、パパもママも分かりませんでした。
パパは涙目になって、震えていました。
ママは「大丈夫」と思っていました。
先生が蘇生をしてくれている途中で、近くの病院からNICUの先生も来てくれて、蘇生を続けてくれました。
先生が来てくれたことは分かりました。
でも、何が起きているのかは分かりませんでした。
ママは分娩台の上で処置を受けていました。
パパは、ママのお茶を取ったり、汗を拭いたり、ママの手を握ったりしていました。
そして、はるちゃんが生まれてから約40分後。
心拍と呼吸が始まりました。
パパもママも泣いていました。
その後、はるちゃんはNICUのある近くの病院へ救急車で搬送されることになりました。
NICUの先生から、
「搬送中に何があるか分からないから、パパが付き添ってください」
と言われました。
搬送される直前、ママとパパは、はるちゃんの頭を一瞬だけなでることができました。
保育器のようなものの中に入っていたので、顔も一瞬だけ見ることができました。
救急車の中では、「早く病院に着いて」とそれだけを思っていました。
ママは、「がんばれ!」そう思っていました。
病院に着いてから、パパは先生から説明を受け、治療の同意書を書きました。
その後、ママたちが来るまで、小さい部屋で一人で待っていました。
何も考えられませんでした。
ママは出産直後だったので、治療やごはん、休憩をしてから、お母さんとお義母さんと一緒に病院へ来ました。
そして、はるちゃんはNICUで治療を頑張ってくれていました。
治療中、先生や看護師さんから途中で話を聞くことはありませんでした。
ただ、はるちゃんが頑張っている時間をみんなで待ちました。
そして、先生から話を聞くことになりました。
「今日の夜を越えることができるか分からない」
心拍と呼吸が40分止まっていたこと。
そして、脳にダメージがある可能性が高いこと。
いろいろな説明を受けました。
その後、NICUの中に入って、はるちゃんに会うことができました。
先生や看護師さんが、呼吸器や点滴などを持ってくれて、パパとママに抱っこさせてくれました。
最初に抱っこしたのは、もちろんママ。
はるちゃんは、穏やかそうに眠っていました。
その姿を見たパパは、「可愛い……生きてる……」と思いました。
ママは、「よくがんばったなぁ……」と思いました。
パパも嬉しくて泣きました。
ママも泣きました。
そして2人で、はるちゃんに、
「2人とも、よーがんばった!ありがとう」
と声をかけました。
2026年4月。
雨の日に生まれた、はるちゃん。
生まれた瞬間から、たくさんの人に助けてもらいながら、一生懸命頑張ってくれました。
あの日のことは、今でもはっきり覚えています。
そして、これからもずっと忘れません。


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